大判例

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大阪高等裁判所 平成6年(ラ)491号 決定

抗告人

阪本源広

外二四一名

抗告人ら代理人弁護士

宗藤泰而

石井嘉門

藤掛伸之

竹本昌弘

垣添誠雄

永田力三

小林廣夫

朝本行夫

深草徹

藤井義継

安藤猪平次

井関勇司

池上徹

亀井尚也

西田雅年

羽柴修

本上博丈

松本隆行

宮永堯史

宮内俊江

吉井正明

春名一典

赤松範夫

竹嶋健治

山崎省吾

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理由

第一  本件抗告の趣旨

一  原決定を取り消す。

二  相手方は、次の行為をするなどして、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を五代目甲野組系乙川会内丙山総業及びその他の暴力団(以下「丙山総業等暴力団」という。)の事務所もしくは連絡場所として使用してはならない。

1  本件建物内で丙山総業等暴力団の定例会もしくは儀式を行うこと

2  本件建物内に丙山総業等暴力団構成員を立ち入らせ、もしくは当番員を置くこと

3  本件建物外壁に丙山総業等暴力団を表彰する紋章、文字板、看板、表札及びこれに類するものを設置すること

4  本件建物内に丙山総業等暴力団の綱領、歴代組長の写真、幹部及び構成員の名札及び丙山総業等暴力団を表彰する紋章、提灯その他これに類するものを掲示すること

三  相手方は、本件建物外壁に設置した監視カメラを仮に撤去せよ。

四  相手方は、本件建物の開口部に鉄板等を打ちつけ、又は投光器、監視カメラを設置してはならない。

五  原審における申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件仮処分命令申立ての理由の要旨

1  相手方は、暴力団五代目甲野組系乙川会内丙山総業の組長として丙山総業を主宰し、JR(西日本旅客鉄道株式会社、以下「JR」という。)西宮駅前において本件建物を丙山総業の事務所、連絡場所として使用しているものである。

2  抗告人らは、本件建物を中心とする半径三〇〇メートル以内の周辺に現に居住し、或いは営業をするなどして平穏な生活を営んでいる住民である。

3  丙山総業の暴力団としての沿革及び実態、その犯罪者集団、暴力団としての上部団体である甲野組ないし乙川会の抗争歴、本件建物の位置、構造、使用態様に照らしてみると、丙山総業の右事務所は、必然的に発生する暴力団同士の抗争事件時における銃撃発砲等の襲撃の対象となり、その周辺住民である抗告人らをも巻き込み、その生命身体等に危害を及ぼす危険性は明白である。

4  ところで、平穏な生活を営んでいる抗告人らは、生命、身体、財産等を侵害されることなどのないいわゆる人格権を有しているので、右人格権に基づき、相手方に対して、本件建物を丙山総業の暴力団事務所、連絡場所としての使用の差止め等抗告の趣旨二ないし四項記載の仮処分命令を求める権利がある。また、右命令を求める緊急の必要性も存する。

二  相手方の主張の要旨

1  相手方が、丙山総業を主宰していること、本件建物を丙山総業の事務所として使用していることは認めるが、丙山総業が暴力団であることは争う。

2  抗告人らがその主張のような差止め命令を求めるべき状況はない。特に丙山総業が抗争事件に巻き込まれその事務所である本件建物が襲撃される危険性はなく、その危険性が切迫しているという事情も存しないから、抗告人らにその主張する被保全権利はない。

3  本件仮処分申立ては、相手方の憲法上の権利である集会結社の自由、財産権を不当に侵害するものである。

第三  当裁判所の判断

当裁判所は、抗告人らの本件仮処分申立てについては、被保全権利、保全の必要性につき各疎明があり、その全部または一部を認容すべきものと判断する。その理由は次のとおりである。

一  資料によれば、次の事実が疎明される。

1  当事者等

相手方は、後記丙山総業の組長としてこれを主宰し、JR西宮駅前において本件建物を丙山総業の事務所として使用している。

抗告人らは、本件建物周辺に、同建物を中心とする半径三〇〇メートル以内(ある者は五〇メートル以内)の位置に現在居住して、買物等をしあるいはJR西宮駅を利用するため、丙山総業前の道路を通るほか、中には右の位置で営業を行っている。

2  丙山総業の実態

丙山総業は、暴力団五代目甲野組系乙川会傘下の暴力団としての実態を有する組織である。

乙川会会長乙川一郎は、二代目甲田組の舎弟頭補佐であったところ、平成元年五月、右甲田組組長森本明則が五代目甲野組の組長に就任するに伴い、同年六月乙川会会長は甲野組直系組長に昇格して、乙川会は甲野組の直系(二次組織)となり、次いで平成二年六月には、乙川会会長が五代目甲野組若頭補佐となって、その執行部に入り、現在に至っている。

丙山総業の組長である相手方は、昭和六三年八月、甲野組甲田組乙川会の傘下に入って会長の舎弟となったが、丙山総業は、乙川会会長の甲野組直系組長への昇格に伴い、甲野組傘下の三次組織となり、相手方は乙川会会長代行補佐に就任し、現在に至っている。そして、乙川会の当番日には、丙山総業の二名の組員とともに、午前零時から翌日の深夜一二時までの二四時間、乙川会事務所当番に従事している。

丙山総業の構成員は約二〇名であり、組長以下構成員のすべては、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に規定されている犯罪の経歴を有し、その主たる資金源は金融、不動産取引仲介、債権取立て、覚醒剤密売等である。

3  組事務所(本件建物)の状況

丙山総業の事務所がある本件建物は、三階建て(一部二階建て)であるが、一階はシャッター付車庫(駐車二台可)、二階は組事務所、三階は応接・休憩室となっている。一階から二階へ、二階から三階へは、それぞれ狭い階段が通じ、一階のシャッター付車庫とは別に外から直接二階にある組事務所へ入ることができる。この組事務所に通じる出入口は鉄扉製であり、通常はオートロックシステムによる施錠がされており、入口横にはインターホンが備えられている。建物外壁の表からみて左右の端には監視用テレビカメラ二基が設置されていて、右の入口前の道路上を監視することができるようになっているほか、建物上部外壁には二個のサーチライトが設置されており、右の道路上を照らすことによって、右の監視用テレビカメラが夜間でも機能を果たすことが可能なようになっている。右の監視用テレビカメラは、二四時間稼働となっており、右組事務所付近の状況はモニターテレビに写し出され、当番組員がそれをみて監視と警戒をしている。組事務所への立入りは、モニターテレビでの監視と当番組員の口頭での身分確認を経て、了承された者だけがオートロックの解除を受けて右の組事務所へ入ることができる。

右の組事務所には、午前零時から翌日の深夜一二時までの二四時間、常に組員一名が順次事務所当番についているほか、事務所居住の組員一名も常時事務所内に在所している。事務所の当番組員の任務は、前記モニターテレビによる監視のほか、抗争事件等の緊急時の組員及び配下組織に対する指示、連絡、組織運営上の指示、命令の伝達、組員の定時連絡の受理、他の組織に対する連絡等が主たるものである。

また、組員には、組事務所に対して一日三回の電話連絡をすること、一日一回組事務所へ顔出しをすることがそれぞれ義務づけられている。そのほかにも組員は、毎月六日午後六時に組事務所へ集められ、組定例会に参加するが、右の組定例会では、組長である相手方が配下の組員に対して、その都度必要な指示、命令、連絡等をしている。なお、乙川会本部事務所においても、直参組員を集めて毎月六日午後一時に定例会を開催しているが、相手方はこれに出席のうえ、甲野組や乙川会の方針、指示、命令、連絡事項等を受け、これらを、同日の午後六時から開催される右の組定例会において、丙山総業の組員に対して周知徹底する体制がとられている。

4  組事務所付近の状況

本件建物内の組事務所は、JR西宮駅の北方至近ともいうべき約百数十メートル程度はなれたところにあって、その前面道路はJR西宮駅へと通じている。右のJR線の南側には県立西宮病院、市役所、大型スーパーマーケット、阪神電鉄西宮駅などが存在し、JR西宮駅の構内は自由に通り抜けができることから、本件建物前の道路は、JRのみでなく、その南側にある前記の各施設へ行く市民の通行に常時利用されている。また、本件建物は、JR西宮駅より北へ向かって、住宅街へ向かう道路と東西道路(御手洗川に沿う。)との交差点南東角に建っており、周辺には芦原三歳時保育学級、西宮市立芦原保育所、幸和園保育所、西宮市立若竹生活文化会館、若竹公民館、西宮市立中央体育会館等の公共施設が存在している。本件建物からみて半径五〇メートル以内はもちろん三〇〇メートル以内の場所においても、そこに居住しないしはそこで営業を行っている抗告人らにとっては、右建物前面ないしその直近所在道路の通行は、いわば常態化した日常茶飯のこととなっているところから、この通行をしないで日常生活を営むこととならざるを得ないとすれば、著しい不便と苦痛とを強いられる結果となる。

5  過去の抗争事件

暴力団は、いわゆる縄張りを前提としての日常活動を行うが、組織勢力の拡大、資金源の確保を目的として、他の暴力団との抗争を繰り返す傾向にあり、最近における暴力団の拳銃等による武装化も著しいものがある。

関西に本拠を置く甲野組も、我が国有数の巨大、著名な暴力団であって、過去にも他の暴力団との抗争を繰り返してきたが、他の暴力団の吸収、排除等により、広域的暴力団として、これまで異常な組織拡大を続けてきたものである。そして、甲野組の直系である乙川会は、甲野組きっての武闘派集団として名を売っている。

乙川会関係の最近(平成四年以降)の抗争事件としては、平成四年四月から五月にかけて及び平成五年九月から一〇月にかけての時期に発生をみた、いずれも乙川会対大川会の対立抗争事件があるが、京都を中心として、双方の系列組の組員による他方の系列組の組員に対する刃物や拳銃による殺人事件、傷害事件、双方の系列の暴力団事務所に対する拳銃発砲事件等も多数発生しており、平成六年四月には乙川会と青松会との対立抗争事件が東京都を中心として発生し、双方の系列組の事務所等に対する発砲事件も発生している。

6  右のとおり、甲野組ないし乙川会の過去の抗争事件に照らし、同組らにおいて将来も同様の抗争事件を引き起こす可能性は高いが、相手方は乙川会の幹部であって、甲野組ないし乙川会の指示、指令は丙山総業にまで行き渡るような体制がとられているのである。

二  次に疎明資料によれば、暴力団の抗争事件は、些細な事の行違いが原因で紛議を生じて発生することがあり、一旦発生すれば、系列対系列の抗争へと全国的に拡大発展しがちであって、ある系列末端の組員からする相手方系列中の現に抗争に参加していない他の組員に対する襲撃事件も予想されることが一応認められる。

三  また、前説示のとおりの本件建物の構造及び建物での日常的行動、組織・体制も、本件建物及び建物内の組事務所に対する警察当局の対応行動あるいは対立暴力団の襲撃等を想定し、これらに対処しようとしてのものであることが明らかである。

四  右によれば、今後において、丙山総業が甲野組ないし乙川会の抗争事件に巻き込まれ、その組事務所の所在する本件建物、ひいては組事務所が、抗争の相手からの集団的、暴力的な攻撃の目標となる蓋然性は大きいものというべきである。そしてその場合、前認定のとおり、本件建物の周辺に居住しないしそこで営業を営み、本件建物前ないしその直近の道路を通行することが常態化している抗告人らの生命、身体が深刻な危険にさらされることはいうまでもない。それゆえ、このような危険に遭遇するおそれを懸念するほかない状況に終始置かれていることそれ自体によって被る抗告人らの精神的負担も重いものであって、無視できないところである。

五  以上のとおりであるから、本件においては、本件建物を相手方がその組事務所として使用することによって、抗告人らの生命、身体、平穏な生活を営む権利等のいわゆる人格権が受忍限度を超えて侵害される蓋然性は大きく、抗告人らがその侵害を受ける危険性も常時存在しているということができるのであるから、抗告人らは相手方に対して、各自の人格権に基づき、その侵害を予防するため、本件建物を暴力団事務所として使用することの禁止等を求める権利(本件被保全権利)を有していることが疎明されているものということができる。そして、抗告人らの生命、身体が現実に侵害されれば、その被害の回復は不可能であること、常時存在する右の危険性の下に抗告人らが置かれていることそれ自体によって現に抗告人らは、その居住ないし営業の場所によって程度に異なることはあり得るところではあるが、大なり小なりに重い精神的負担を負っているというべきこと等に照らせば、本件保全の必要性も疎明されているということができる(なお、相手方は、本件仮処分申立ては、相手方の憲法上の権利である集会結社の自由、財産権を不当に侵害するものである旨主張するが、以上の説示した相手方ないし丙山総業の実態、本件事案の具体的内容等に照らせば、右主張は採用できない。)。

第四  結論

既に説示したとおり、抗告人らの本件申立てについては、被保全権利及び保全の必要性が、個々に程度の差はあるにしても疎明されているのであるから、これを却下した原決定は取消しを免れないものである。そして、抗告人らの申立ての趣旨にかんがみ、本件について発すべき具体的な保全処分命令の内容、立担保の要否等につき、原審をして更に審理させる必要がある。

よって、本件を神戸地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官仙田富士夫 裁判官竹原俊一 裁判官東畑良雄)

別紙相手方(債務者)目録〈省略〉

物権目録〈省略〉

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